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メカヒト

汐川 ゆる (しおかわ ゆる)
影が薄く、臆病。
友達をつくるのが苦手で、引っ込み思案。
新生活に胸を膨らますも、結局孤立。
以後、アンドロイドに依存する。
Β (ベータ)
心を持った人型家電製品。
容姿は、20代男性を模している。
時代とともに型が古くなり、メーカーサポートも無くなる。
いたる所に欠損や傷あり。

'09/06/25UP TIME13'25 出演:桜木きお , KKKKK

ト書き
都市の雑音。
ゆる、買い物帰り。
鍵。ドア開閉。
ゆる
はぁ…
ト書き
蛇口よりコップ一杯の水。
ゆる
…まずぃ。
〈大学進学を機に、私は実家を離れ、上京した〉
ト書き
マンションの呼び鈴。
ゆる
ぁ、はーいッ
ト書き
ゆる、コップをシンクに。
ドア開ける。
ゆる
〈娘の一人暮らしを按じた父親は、私の元へアンドロイドを〉
ト書き
逆再生。
「をドイロドンアへ元の私」。
〈娘の一人暮らしを按じた父親は、彼女の元へ私を送るよう頼んだ〉
ト書き
ドア閉める。
おぼつかない足取り。
ダンボール置く。開封。
ゆ&B
〈組み上げられていない、バラバラの四肢が届く〉
ト書き
マニュアルめくるパラパラ。
ゆる
〈私はマニュアル片手に、パッケージ通りの〉
〈私を復元した〉
ト書き
ボタンを押す。
ゆる
わっ!
しばらくお待ちください…
ゆる
眼、開いた…
…フォーマットが完了しました
ゆる
〈その精巧さは、遠目に見れば人間と寸分違わない〉
〈センサーが目の前の彼女を視認する〉
ゆる
〈瞬き、〉
〈透き通る〉
ゆる
〈呼吸、〉
〈黒い瞳が、〉
ゆる
〈肌〉
〈私の顔をなめるように観察していた〉
ゆる
〈感動を超えてむしろ、私はその一瞬、女性である意味を剥奪された。
人はいつの間にか、人を創れるようになっていたのだから〉
……
ゆる
はじめまして。
(笑)…よろしくね
ト書き
ファイル保存。
〈それが、最も古い彼女のファイルだった〉
ト書き
10年後。
ゆ&B
〈歳月は流れ、〉
〈彼女と私の暮らしは日常に馴染んだ〉
ゆる
〈私と彼の暮らしは日常に馴染んだ〉
ゆ&B
〈病に臥した時も、〉
〈彼女は廃棄せずに優しくパッチを当ててくれた〉
ゆる
〈彼は命令せずに優しく頭を撫でてくれた〉
ゆ&B
〈そう――気づけば、〉
〈私の方が彼女に支えられていたのだ〉
ゆる
〈私は彼に恋をしていたのだ〉
ト書き
回想。
同居して7ヶ月、雨の駅。
ゆる
あめ…。
〈予報が外れた雨の夜〉
…ぁ。
〈駅前で佇み、傘も差さず、主人の帰りを待ちわびる機械。
ショートする関節も余所に、私の為に、一本の傘を抱きしめて…〉
ト書き
B、ゆるの元へ。
……
ト書き
ゆるにだけ傘を差す。
ゆる
……。
〈言葉が出なかった。
それからというもの、彼の顔を見る度、私は錆びついた頬にほっぺをすり寄せていた〉
〈ぬいぐるみをいつまでも捨てられない少女のように、彼女は錆ついた頬にほっぺをすり寄せてくれた。
もはや右腕の関節すら動かないのに、にも拘らず大切に、ずっと傍に…〉
ゆる
〈彼さえ傍に居てくれれば、他に何も望まない〉
ト書き
雨霧に溶ける二人。
回想、了。
雫。
〈でも、彼女の人生は孤独そのものだ。
時と皺を刻み、終ぞ誰一人として部屋に招く事をせず。儚く消費し続けた命〉
ト書き
ドクン――。
ゆる、喀血。
50年後。老婆の掠れた息吹。
ゆる
〈脈が重い。
たぶん寿命が訪れたのだろう…〉
……
ゆる
〈それでも、私は嬉しい。だって、こうして最後まで彼の手を握れるのだから〉
ト書き
ドクン――。
ゆる
〈ただ、失明する前にもう一度だけ、あなたの笑顔が見たい〉
ト書き
ドクンッ――。
ゆる
おはよう
おはようございます
ゆる
行ってきます
お気をつけて
ゆる
ただいま…
お帰りなさい
ゆる
おやすみ
おやすみなさい
ゆる
(涙)…ありがと
いいえ
ゆる
〈残留した思い出。それは、あなたと過ごした走馬灯。
けれど、疾走する記憶の断片に、本物の人間は、一人も描かれていなかった…〉
ト書き
ドクンッ――!
ゆる
〈私は……幸せだったのだろうか?
死の淵で、ごまかし続けた孤独が溢れ出てしまった〉
ト書き
ザ――。
ゆるを看取るB。故障。
〈ノイズが激しい。
たぶん寿命が訪れたのだろう…〉
ゆる
――
〈それでも、私は嬉しい。だって、こうして彼女の最後を看取れたのだから〉
ト書き
ザザ――。
〈彼女は……幸せだったのだろうか?
この感情は、〉
ト書き
ザザッ――。
〈処理しきれな……〉
ト書き
ザ――、ブツッ。左耳、消音。
〈左のチャンネルからは音が消え、双眼は光すらも断線した〉
ト書き
ビープ音。
深刻なエラーが発生しました。直ちに強制終了します。
〈ただ、イカれる前にもう一度だけ、あなたの声が聴きたい〉
ゆる
――
〈残留した思い出。それは、最も古い彼女のファイル〉
ト書き
ファイル検出。
このファイルを再生しますか?
〈彼女の声ヲ。
子守唄代わリ、に――最後のマばタキをしテ…〉
ト書き
再生。
ゆる
はじめまして。
(笑)…よろしくね

生花

涼白 小百 (すずしろ さゆ)
17-22歳。高校二年生-女優。
偽善者。根は高慢で、唯我独尊。
華々しい世界に強い憧れを抱く。
箔里 支依 (はくり しえ)
17-22歳。高校二年生-大学四年生。
気さく。バイタリティ溢れ、常時ハイ。
生き甲斐は一日中遊ぶ事。
字都 奏介 (あざと そうすけ)
17-22歳。高校二年生-盆栽職人。
ナチュラル。誰にも飾らず接し、ゆるい。
直感で行動、基本眠い。
藤宮 成樹 (ふじみや なるき)
33歳。芸能事務所社員。
辛口。内の者に厳しく、威圧的。
小百のマネージャー。
音声アナウンス。
ト書き
通学路。
小百、前籠のコンビニ袋から水を。
キャップ開けて。
飲む。
小百
生き返る…
ト書き
自転車のベル。
漕ぐ二人。
支依
今の人
小百
えっ…
支依
昔映画出てなかった?
小百
アレ?
支依
一瞬で消えちゃったけどさ
小百
誰?
支依
知らない?
小百
…終わってる
小&支
(嘲笑)
ト書き
自転車のブレーキ。
小百
〈私は人より優れている。
文武両道。とりわけ、スタイルは一頭身抜きに出ている〉
ト書き
賑やかな教室。
シャッター音、連写。
小百
〈上空5.6フィートから友人を見下す。
私以上は見当たらない〉
ト書き
小百、着席。
支依
小百、例の応募した?
小百
まだ
支依
ビビんなよー
小百
って言うより、流石に自薦は…ねぇ?
支依
そゆ事。推薦しましょッ
小百
助かる
支依
写真とかは?
小百
支依のパソコンに送っとく
支依
了解
ト書き
チャイム。
支依
See you
ト書き
近づく足音。
支依
字都ッチ、まだ生きてっかッ
奏介
一応…
ト書き
奏介、着席。
小百
おはよ
奏介
おやすみ…
小百
〈一層丸まった猫背、花言葉は自堕落が相応しい。
ただ今日も机に張り付いて〉
奏介
ZZZ…
小百
〈貴方は生きていますか?〉
ト書き
小百の部屋。
携帯、発信。
通話。
支依
はい
小百
聴いて支依大変ッ
支依
何さ?
小百
合格だって!
支依
ぇえーキャー!おめでとー小百ッ!
小百
ありがと!
支依
芸能じーん!
小百
〈なんて、悪いけど当然の結果。早いか遅いかの違い。
さぁ、忙しくなる。私は大輪の花を咲かせるんだ〉
ト書き
教室。
小百
今までありがとう
ト書き
鋏の音。
奏介
〈そう言って、彼女は此処を去った〉
ト書き
一年後。
映画館の扉、開閉。
支依
感想は?
奏介
寝てた…
支依
もぉ、小百が出た映画なのに
奏介
途中までは
支依
で?
奏介
涼白居たか?
支依
ポニーテール
奏介
あー
支依
あんま映ってなかったけど、良かったよ
奏介
そぅ…
支依
腹減った!
奏介
俺帰る
支依
ハッ?逃がすかー!
ト書き
支依、抱き締める。
奏介
…速やかに解放しろ
支依
昼奢れ
奏介
〈涼白小百、鑑賞される存在。
身体を捧げ、成すがままに鋏を入れられる。
彼女は生けられている〉
支依
冷やし中華
奏介
〈一層厚くなった化粧、花言葉は不自然が相応しい。
ただ今日も笑みを張り付けて〉
支依
400円
奏介
安い…。
〈いつか萎れる。早いか遅いかの違い〉
支依
二名様入りますッ
奏介
〈貴女は生きていますか?〉
ト書き
小百の部屋。
携帯、発信。
中断。
この電話を未来へ転送します。そのままお待ち下さい
ト書き
四年後。
再発信。
通話。
藤宮
はい
小百
説明してください
藤宮
何を?
小百
決まってるじゃないですか
藤宮
(溜息)
小百
白紙って、どういう事です?
藤宮
休みだ
小百
…次は?
藤宮
決まったら連絡する
小百
待機?
藤宮
あぁ
小百
……
藤宮
辞めるのは自由だ
ト書き
鋏の音。
小百
〈そう言って、彼は電話を切った〉
ト書き
支依家。
ディスクテーブル、開閉。
支依
感想は?
小百
寝てた…
支依
もぉ、小百が出た映画なのに
小百
昔話
支依
で?
小百
…何が?
支依
出来前
小百
さぁ。あんま映ってなかったし
支依
良かったよ
小百
そぅ…
支依
腹減った!
小百
私帰る
支依
ハッ?逃がすかー!
ト書き
支依、抱き締める。
小百
…離して
支依
昼奢る
小百
邪魔ッ!
支依
…ごめん
小百
来なければ良かった
支依
待って!
ト書き
小百、去る。
小百
〈私は生きていますか?〉
ト書き
小百の部屋。
携帯、着信。
通話。
小百
はい
支依
聴いて小百大変ッ
小百
何?
支依
廃校だって!
小百
……
支依
ウチ等が通ってた高校、老朽化で取り壊すッてさ
小百
だから?
支依
その前にね、皆集めて教室で同窓会やろうッつー話を今
小百
興味無い
ト書き
鋏の音。
小百
〈そう言って、私は絆を絶った〉
ト書き
鋏、連続。
小百
〈切り刻まれていく。
涼白小百、鑑賞された存在。
身体を捧げ、成すがままに鋏を入れられた。
私は生けられていた。
もはや生命力すら感じられない。
枯れた花をいつまでも飾ってはおけないんだ。
必ず捨てる日が来る〉
助けて…
ト書き
賑やかな教室。
奏介
今までありがとう
ト書き
近づく足音。
支依
字都ッチ、まだ生きてっかッ
奏介
一応…
ト書き
奏介、着席。
支依
校舎にさよならした?
奏介
見たのか?
支依
すっっげー引いた
奏介
おやすみ…
支依
照れんなよー
奏介
忘れろ
支依
…変わんないね、あんたは
奏介
同上
ト書き
シャッター音、連写。
奏介
〈上空5.9フィートから友人を見渡す。
彼女が見当たらない〉
涼白は?
支依
失踪中
奏介
本当は?
支依
…言えない
奏介
……
ト書き
奏介、起立。
支依
どちらまで?
奏介
コンビニ。喉乾いた
支依
ホレ
奏介
下戸
ト書き
奏介、去る。
支依
See you
ト書き
通学路。
小百
〈助けを求めて、独り彷徨い続けた。
何故此処へ帰って来たのか、わからない。
気付くと、私は故郷の土を踏んでいた〉
ト書き
自転車のベル。
小百
ト書き
漕ぐ二人。
幻覚。
支依
今の人
小百
えっ…
支依
昔映画出てなかった?
小百
アレ?
支依
一瞬で消えちゃったけどさ
小百
誰?
支依
知らない?
小百
…終わってる
小&支
(嘲笑)
小百
〈嫌だ…何、これ。…嫌…嫌!イヤぁぁあああッ!
あの日の、あの場所の、あの人は――〉
私を観るなッ!!
ト書き
自転車のブレーキ。
小百
(息切れ)
奏介
涼白?
小百
へっ
奏介
だ、やっぱ
小百
…字都君?
奏介
どした、大声出して
小百
…別に
奏介
汗…
小百
行って!
ト書き
奏介、前籠のコンビニ袋から水を。
奏介
水、飲めよ
小百
いぃ…
ト書き
キャップ開けて。
奏介
生き返るぞ
小百
……
ト書き
飲む。
小百
(涙)

水色の空によく映えた

赤頭巾
詳細無し

'09/12/07UP TIME3'15 出演:飴月夜

赤頭巾
眼を覚ます。
けれど、景色は黒く塗り潰されたままだった。

――あたしは今、一体何処に居るの?

手探りするも、その手さえ暗闇に溶けている。
この空間は、なんだかとても生々しい。
ジメっとした悪臭に包まれ、まるで泥沼にでも落ちたみたいに…。

ひとまず、記憶を遡ろう。

今日、いつものように祖母の家へ向かった。
人里離れた静かな土地だ。
祖母は身体が不自由な為、買い物はおろか、ろくに外出もできない。
だから週に一度、買い物袋片手に訪問する。
最も、話し相手になってあげる事が、一番の理由だと思うけれど。
容態を気遣う簡素な会話。そして……、

あれ?…この先が見当たらない。
過去を手繰り寄せるも、プツッと切断されている。
なぜかしら……?
欠落する程、何かショッキングな出来事でも起きたのだろうか。

その時、一発の銃声が木霊した――!

途端、漆黒の世界は横転。
座標軸を完全に失い、理性は益々混乱していく。
一体全体、何が起きたというのか。
歯がギシギシ音を立て、直ぐにでも自我が崩壊していきそうだ。

と、不安に蝕まれる寸で、一筋の閃光が闇を切り裂いた。

――――――

腕が二本伸びてくる。
赤子を抱き上げるように、身体は宙に浮いた。

……誰?

見知らぬ男性が、一層紅く染まった頭巾を撫でつける。
浮遊する意識も絡まって、あたしは事態を飲み込めず、ただただその場に立ち尽くしていた。

足元に臥す狼――。

それを認めて、全ての忘却を取り戻すまでは…。

圏外

鳩坂 時重 (はとさか ときえ)
45歳。主婦、兼、パート。
サバサバした性格。独り言が多い。
愚痴をこぼすものの、結局自らの手でやってしまう。
鳩坂 もも (はとさか もも)
18歳。高校三年生。CDショップアルバイト。
根暗なインドア少女。
付き合う相手に染まりやすく、服従型。
倉田 灰 (くらた かい)
享年21歳。大学三年生。CDショップアルバイト。
明朗快活。酒豪。
虹 渉 (にじ わたる)
39歳。医師。
鳩坂が通院している病院勤務。
穏やかで癒し系。
音声アナウンス。抑揚のない無機質。
もも
知らない…うん…ふ~ん、解散してるんだ
…ベストアルバム出してる?あれば明日借りてみる
…そぅ…え、本当?(笑)ありがと…うん、バイト終わったら貸して
…どっか?…どこでも…ううん。倉田くんと一緒なら、どこでも面白そう
時重
もも~!
ト書き
時重、2階へ向かう。
もも
ごめん、後でかけ直すね
ト書き
ノック。
時重
もも。病院
もも
……
ト書き
入室試みる。
時重
開けなさい
もも
…いい
時重
良くないから診てもらうんでしょ!
もも
……
時重
(溜息)
ト書き
諦めて階下へ。
時重
出掛けて来ます。…あなた?
…そうやって私を無視する。ホント、ももはあなたそっくりだわ
ト書き
時重、外出。
もも
あっ…うん、大丈夫…うん…つけ麺食べたい
…あの、渋谷で食べたような…あるかな?
…任せた(笑)…だね…
ト書き
ケータイ音声、被りつつF.I。
おかけになった電話番号は、現在使われておりません。
おかけになった電話番号は、現在使われておりません。
おかけになった電話番号は、現在使われておりません…
ト書き
リピート終了。
診察室。
お掛けになって下さい
時重
っこいしょ
痩せました?
時重
わかる?
えぇ
時重
ヨーグルト効果。毎朝1個、先生も試してごらん
いや、ではなく。
随分とやつれてらっしゃる
時重
…あっそ
ももちゃんは?
時重
相変わらずね
そうですか。直接お逢いしたい所ですが、まぁ、気長に待ちます(笑)
時重
いつまで?
ん?
時重
……
…時が解決してくれるまで、でしょうか
時重
〈あいまいね、と心の中でそうぼやく〉
早いもんです。
倉田くんが亡くなって、もう4ヶ月経ちましたから
時重
〈その程度?私は2年老け込んだ〉
ト書き
車の交通。バイクのブレーキ。
4ヶ月前、回想する。
もも
ありがと、送ってくれて
倉田
もも
え?
倉田
メット付けたまま帰る気?
もも
あっ!
倉田
(笑)別にいいけど
もも
返す返します
倉田
ありがとうございました~(バイト風)
もも
(笑)
倉田
夜道気つけろよ
もも
倉田くんも。
飲み会顔出すんでしょ?
倉田
あぁ。居ても精々2時間だろうけど、一応な
もも
飲んじゃダメだよ
倉田
わかってるッて
ト書き
アクセル音。
倉田
CD傷付けんなよ
もも
うん
倉田
それと、俺と付き合って欲しい
もも
へっ
倉田
じゃ
ト書き
倉田、猛スピードで走り去る。
倉田
ヒィヤッホーー!
ト書き
もも、立ち往生。
もも
…うん
ト書き
クラクション、次第に高まる。
激しいクラッシュ。
時重
〈即死。
体内から大量のアルコールが検出。
色素を失った瞳は、一点を見つめたままに。
そして、娘は相手の居ない通話を始めた〉
おかけになった電話番号は、現在使われておりません
ト書き
診察室。
疲れておりません?
時重
えっ?
ボーっとして
時重
(溜息)まぁね。
旦那とのソリも合わないし、お手上げだわ
お元気ですか?
時重
えぇ、腹立つ程
そうですか。
…鳩坂さん、先は長そうだ。じっくりいきましょう
時重
はいはい
その為にも、貴方がしっかりしなくては困る
時重
次はちゃんと連れてくるよ
ト書き
カルテへ書き込むペンの音。
薬出しておきますね
時重
私はいいッて
良くないから処方するんです
時重
(溜息)
お大事に
ト書き
時重、帰宅。
時重
ただいま。…あなた?
ト書き
時重、2階へ向かう。
ノック。
時重
お父さんは?
もも
…いない
時重
(舌打ち)
ト書き
階下へ。
時重
ちょっと、靴あるじゃないの!?
もも
……
時重
全く。
じゃあ何、まだ寝てるワケ?
だらしのない。
…あなた、いい加減起きて下さい。
…あなた!
…開けますよ
ト書き
襖開ける。
時重
……
ト書き
誰も居ない。
時重
〈そうね、娘は私に似たのだ。
幾ら呼びかけても、電波の届かない所にあなたは居る〉
ト書き
鈴(リン)の音、チーン。残響。
時重
〈あれから2年が経つ。
急性心筋梗塞。
一夜にして空っぽになった部屋。
モノクロに染まり、四角く切り取られた顔。
時を刻めぬ秒針は、痙攣を起こしたままに。
そして、私はあなたの居ない会話を始めた〉
ト書き
心停止、ピー…。
1年半前、診察室。回想する。
お母さんは?
もも
相変わらずです
そう
ト書き
ピー音、F.O。
時重
〈受け入れなければならない。
変わらなければならない。
私が変わっても世界は変わらないけれど、
世界は変わって見える筈だから〉
ト書き
エンディング曲が流れる。
もも
…今聴いてるよ、倉田くん
…(涙)…いい曲だね
ト書き
ケータイのバイブ音。
受話。
もも
ぁっ…も…もし、もし
時重
お母さんよ
もも
……
時重
〈私たちは、繋がっているのだから〉

めみゅっと様『イツカダレカノ物語07』サウンドドラマ化

水槽

雨野 囚 (あまの しゅう)
22歳。元・WEB制作会社社員、現・無職。
ネガティブ思考の憂鬱質。内向的性格。
人魚に異質な愛情をそそぐ。
人魚
年齢不詳。謎の怪魚。
幼い声に老けた台詞、人を見下す傾向がみられる。
ナマイキで横柄なものの、憎めない。
御手洗 マリネ (みたらい まりね)
23歳。WEB制作会社社員。元・雨野囚の彼女。
過保護で尽くすタイプ。先天的なダメ男好き。
ト書き
軋み音の目立つ扉の開閉音。
ただいま
人魚
……
おかえりッて言ってよ。
ただいまとおかえりはセットなんだから
人魚
あぁ。次はそうする
持ち越すな
ト書き
囚、蛇口をひねる。水は出ない。
水槽の前にあぐら。
(溜息)
人魚
どうした?顔が引きつってるぞ
…うん、大家さんに呼び出されてね。
愛想笑いなんて久しぶりだ
人魚
家賃か?
先月分払えだと。マイッタよ。
貯金生活にも陰りッてか
人魚
いい加減さすらってらんないね。
観念して働け
…わかってるさ
ト書き
囚、煙草に火を灯す。深く一服。
人魚
(咳)やめろ、臭い臭い
ちょっとだけ
人魚
買う金あったら返済したらどうだ(咳)
ん~…却下
人魚
断る権利あるのかッ。
それより早く煙草消せ!
苦しけりゃ、そこのエアーポンプへお行き
人魚
フンッ、かわいくないね
どうも
ト書き
水滴、ぽちゃん。人魚、潜る。
囚、最後の一服。煙草もみ消す。
ねぇ
人魚
何だ
水槽の中ッて、どんな感じなの?
人魚
普通
いや。
例えばさ、プールの中を潜水してる感覚に近い?
人魚
さぁ
君ってすぐ斜に構えるね
人魚
飼い主に似たのさ
(笑)…なるほど。確かに、僕そっくりだ。
〈会社へ辞表を提出し、時間の使い道がわからなくなった。
ごまかしたくて、河川敷でホームレスを眺めていた昼下がり、
何かがピカッと光った。近づいてみると、川の岸辺に彼女が寝ていた。
その日、僕は、人魚を拾った〉
人魚
もしもし
聞こえてますよ
人魚
水が汚い。代えてくれ
お生憎様、水道止められました
人魚
ぎょえ!
試したら、何も出ないでやんの。終わってるよね…
人魚
あきれた。
むしろあんたの方さ、終わっているのは
…そうだね。
〈最下層に落ちた。
外出を拒み、24時間アパートの中だった。
それでも、途切れ途切れの彼女との会話が、僕は幸せだった。
買い物も全く行かなかった。行かずに済む、理由があった〉
ト書き
玄関から、ブーと呼ぶブザー。
人魚
お客さんだぞ
ト書き
ノック音。
マリネ
囚くん。あたし。
居る?…居たら返事して
……
ト書き
囚、ノック2回で返す。
マリネ
こんばんは。
いろいろ買ってきたよ。
フランスパンでしょ、冷凍うどん、お惣菜がコロッケにひじき、筑前煮。
あっ、梅干し無くなった頃じゃない?買っといたよ、あっまーいの。
それから、ティッシュ、洗剤…おっと、これはあたしのっと。後はね…
〈会社の同期だった。
頭に最新のOSが備わっていて、尚且つ、絶対フリーズしない、
営業が天職のような、高性能社会人だった。
僕らは月とスッポン、なのになぜ付き合っていたのだろう…わからなかった〉
人魚
けなげだな
うるさい
マリネ
最後は取って置き。なーんだ?
……
マリネ
ブー、時間切れ。
正解は、バースディケーキー!
えっ
マリネ
お誕生日おめでとう!
ねっ、せっかくだしさ、パーっと飲み行かない?
あたし奢っちゃうぞ
…帰れ
マリネ
ぁ、ごめん。ごめんね、つい。
けどね、囚くん。今日は誕生日だよ。
1年に1回きりの生まれ変われるチャンスなんだよ
帰れ!
二度と来るな
マリネ
…また来るね
ト書き
沈黙。
囚、煙草をふかす。
人魚
いい女だね。
あんたにゃ勿体無い。
半人前のあんたは、半分人間の私で丁度いいのさ
〈気づけば、僕の方が人魚に飼われていた。
アレカヤシはさながら水草、
5.5畳の水槽から覗く世界は、何もかも歪んでいた〉
ト書き
Replay。
エコーがかった、水中の声。
君ってすぐ斜に構えるね
人魚
飼い主に似たのさ
ト書き
煙草が床に落ちる。
水滴、ぽちゃん。人魚の潜る音。
水槽の中ッて、どんな感じなの?
ト書き
Replay終了。
〈いつの間にか、指に挟んだ煙草が消えていた。
火種はティッシュに引火、閉め切ったカーテンへと燃え広がった〉
ト書き
炎。
えっ…?
かかかかか火事ッ!?
ヤバイ、洒落ならんッて!えーと、水だッ。みみ水!
人魚
寝耳に水(爆笑)
笑ってる場合か!
ト書き
囚、蛇口をひねる。水は出ない。
最悪だ、水出ないぜ
人魚
バカだね。
寝煙草で死ぬ気かい?
他に、水になりそうなのは…
人魚
おいっ
何ッ?…水槽
人魚
水が汚い。代えてくれ
いいのか?
人魚
……
〈彼女は、そっと目を閉じた〉
うあああああああああ!!
ト書き
囚、水槽もろとも炎へ投げ飛ばす。
巨大な破裂音。
〈ガラスで埋め尽くされた。
彼女を探したが、死骸さえ見つからなかった。
こんな時、名前をつけてやれば良かったと、そう思った〉
ト書き
扉開け放つ。部屋より脱す。
(咳)
マリネ
囚くん?
マリネ…(咳)
マリネ
どうしたの?
お前、さっき帰ったんじゃ
マリネ
トイレットペーパー。
(笑)忘れててさ、今コンビニで調達したの。はい
……
マリネ
じゃあ、あたし
なぁ
マリネ
ん?
ちょっとだけ、傍に居て
マリネ
…うん
ト書き
囚、マリネを抱きよせる。
(泣)
〈僕はもう、マリネを抱きしめるしかなかった〉
マリネ
おかえりなさい
…ただいま

めみゅっと様『イツカダレカノ物語08』サウンドドラマ化

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